父の記憶はどこにいくのか
天気は晴れ、ポカポカ陽気。こんな日は外に出るのにぴったりだ。せっかくなので夫の両親を誘って出かけることにした。
夫の父は最近物忘れが激しい。足腰も弱って、一日中テレビの前で寝たり起きたりを繰り返している。何か用事を作って外に連れ出したい。そこで思いついたのが、パターゴルフ。あれなら強制的に歩けるし、楽しいかもしれない。
問題はオッケーしてくれるかだ。父は誘うと、大抵のことは嫌だと言って断る。パターゴルフも、なんでそんなことをしなくてはいけないのかと断るかと思ったが、珍しくすんなりオッケーしたらしい。
「お昼を食べたら迎えに来るから準備してね」そう伝えて一時間後迎えに行くと、珍しくすんなり外に出てきた。パターゴルフに行くとわかっているのかな?少し気になって、ちょっと意地悪な質問をしてみた。
「お父さん、今日行くところ、初めて?」
父は、そうじゃのうと少し考えてから「今日はどこへ行くんじゃったかの」と恥ずかしそうに聞いてきた。パターゴルフだと言うと思い出したようで、初めてだと答えた。
父も母もパターゴルフは初めて。何をするんだろうと、人生初のパターを握りしめながら挙動不審だ。
まずは目が見えにくい父のために、みんなで穴の確認。夫が見本を見せながら、あそこに坂があるよ、コースが曲がっているから難しそうだね、など声掛けをしていく。
「惜しかったね」「ちょっと強めの方がいいかも」「今のは入ると思ったんじゃが」「すごいね」
コースが進むにつれ、おっかなびっくりだった父と母から笑みが溢れてきた。何をするにも文句を言わずにいられない父も、今日は「惜しい」と悔しがったり、「若い人はすごいのう」と褒めたりしながら、コースを歩いていた。しまいには、ぼそっと「こんなことなら、もっと早くからやっておけばのう」という言葉まで飛び出した。これには私も心の中でガッツポーズだ。
最後はパターゴルフ場にあった表彰台で記念撮影。写真なんて久しぶりだと父ははしゃいでいた。
その後、少しドライブしてから家へ向かった。今日は楽しかったか聞くと、母はノリノリで楽しかったと即答。一方の父は、そうじゃのうと考えながら、楽しかったなと答えた。疲れたのか、少しテンションが低めな感じだった。
家に着いてから、母が何処に行ったか尋ねると、父は全く違う地名を答えていた。車の中では地名も、この辺は坂が多い地形だなど解説していたのに。
母が今日は何をしたか尋ねると、そのうち思い出すかもしれんのう、と父。一緒にパターゴルフをしたことを忘れていたのだ。もっと早くパターゴルフをやっておけばという言葉も、写真が久しぶりだと喜んだことも、全て忘れていた。
父の記憶は一体何処に行ってしまったのだろう?彼がパターゴルフのことを思い出す日は来るのだろうか?
それでも一緒にパターゴルフに行ったことは無駄でなかったと信じたい。例え忘れてしまったとしても、無邪気にはしゃいでいたことは、きっと彼の中の深いところに眠っているはずだ。その記憶が日の当たる場所に来ることがあるのか、ないのか私にはわからないが、それでも彼の一部になっていることを信じたい。
それに、何より私は一緒にパターゴルフをして楽しかった。父がパターゴルフを忘れたらまた一緒に行けばいいのだ。きっと、父にとっては人生初のパターゴルフ。それでいいのだ。